イントネーション 革新が、今、確信になる

◆８月１２日上野夜

吉例夏夜噺　さん喬・権太楼特選集

さん若(交代)『権助魚』/仙三郎社中/左龍『初天神』飴と団子/一之輔『蟇の油』/市馬『南瓜屋』/ペペ桜井/白酒(喬太郎代演)『茗荷宿』/新治『源平盛衰記』//仲入//夢葉(交互)/権太楼『船徳』/正楽/さん喬『線香の立切れ』

★さん喬師匠

「振袖」(芸者の種類)から線香の話へとマクラは展開する。番頭が非常に冷静で穏やかなのが印象的。若旦那が「(散財を)した覚えがないとは言わないが」の科白は初耳かな。番頭は蔵の中戸を「カラカラ」と開け閉めする。蔵の中に暮らし向き一切の用意がしてあるのは丁寧だが、そこまで説明的になるべきかどうかは疑問。小糸からの手紙が届く件は簡略化され、番頭も皮肉ではない。飽くまでも「若旦那が親旦那に勘当されないための策略」(百日目に番頭が明かす)。蔵住まいの間、若旦那は店の者たちの日々を思う平穏な心になっていたが、小糸の手紙の内容を聞いてコロッと心が変わり、柳橋へ駆け付ける、という展開。若旦那を見て女中のお民は絶句する。「小糸が死んだ」と女将から聞かされた若旦那が「小糸、何処に隠れてんだ。出ておいでよ」は『雪の瀬川』に共通する、さん喬師匠独特の「若旦那の幼さ」だろう。仏壇の線香はいつも通り、若旦那が上げる。若旦那が酒を口に含んでも、噎せないまま、「黒髪」が弾かれる。「悪人・皮肉な人間の出てこない悲劇」に変化してきている、というべきか。

★権太楼師匠

この芝居は三演目さん喬師匠と被った。今夜は演目は違うが、どちらも若旦那物。同じ若旦那物でも父親の性格が違うのに気がついた。『船徳』の親旦那は若い頃に遊んだ人。『線香の立切れ』の親旦那は遊んだ事のない人というマクラから本題に。親方は如何にも職人風。徳三郎は既に船頭みたいなのが可笑しい。お清は高っ調子のズボラな女中。熊八白の船頭三人は完全に三馬鹿とりおでピッタリ。白の暴れた店の名は「瓢」。親方が白や八の頭をポカリと殴る演出は初めて見た。若旦那が「徳」と呼び捨てにしてくれと言うと、白が躊躇った挙げ句、「オ～イ、熊さ～ん」と言うと熊が「俺を呼ぶな！」と言い返すのは愉快。直ぐに馴染み客が友達を船に誘う件になる。ここで女将に「大桟橋まで猪牙を一艘」と確定して頼むのは初耳だが、実に優れた演出。客が徳三郎を見つけると女将が「(船頭とは)違います」と体で徳三郎を隠そうとするのは大笑い。女将と徳三郎のやり取りに、とっても不安そうな友達の方が女将に声を掛けると「暑いですねェ」と女将が話題を逸らすのも大笑い。客二人は中所の旦那の雰囲気。徳は髭を髪結床で当たって来る。船を出して、徳が棹を振り回すのは目白の師匠型。棹を流した徳の「あれは使い捨てですから」は可笑しい。橋の上の芸者を見た徳が「あの芸者とあたし、以前出来てたんです」と変な惚気を言うのや、竹屋の小父さんの「引き戻せェ！」の絶叫も可笑しい。子供を連れたおかみさんを乗せた船をひっくり返したのは四日前で「もうこんなに元気になりました」という辺りや、櫓から手を離して(！)客に挨拶を始める辺り、徳の能天気さが溢れる。石垣に舟がつくのは客二人が手で支えるが徳は「仲入りです」と一向に平気。石垣を客二人が押して(蝙蝠傘は使わない)漸く舟は離れるが、また石垣についてしまう。徳は「休憩です」と、完全にスラップスティックな雰囲気になる。誘われた方の客が「貴方の言う通りだ。向こうに着いてからおまんまが美味い」と変に納得するのも可笑しい。汗が目に入って前の見えなくなった徳は「手拭いで顔を拭くの！」「腰が突っ張るから背中叩いて」と言いたい放題。更に客に「あなたがた水天宮さんのお守り持ってますか？あたしは持ってます」と言っているうち、「気持ち悪い、船酔いだ」 と漕船を放棄する。この世代では一番可笑しな『船徳』ではあるまいか？

★新治師匠

「アメリカ大陸を発見した人は()である」という問に「立派である」と書いて△を貰った級友の話や樹木希林と草間彌生は似ているといった話から本題へ。平家軍が倶利伽羅峠を逃走する場面で鳴り物が入った。「扇の的」の件で「表を見せ、裏を見せ散る扇かな」という歌が入ったのは初めて聞いたかな？

★白酒師匠

学校寄席に関する得意のマクラから「左龍さんの顔芸は狡い」などと話して本題に。飛脚が宿を訪れるとかみさんが「あたしにも姿が見える。何処の狐の仕業！？」と言い出すのは実に可笑しい。客は二年ぶり五人目。料理で「半熟茗荷」は初耳。

★市馬師匠

伯父さんが与太郎に「腰を切るって腰に力を入れるんだよ」はちと説明的では？与太郎「(南瓜は)山で取れた」路地の男「どこの山？」与太郎「エベレスト。産地偽装だ」は市馬師匠には珍しいギャグ。路地の男に南瓜を売らせておいて与太郎が「後は宜しく頼むよ」「素人には分からねえからだろうけど」の辺りは軽く可笑しい。与太郎が持ち帰った財布を伯父さんが戴くのは珍しい仕科。二度目に与太郎と会った路地の男の「あれが生まれたまんまの姿か」も初耳。何か、昔より噺が平坦になっているなァ。

★一之輔師匠

膝の裏を痛めたとかで釈台に袴で胡座。いきなり「三遊亭金馬です」「若手の胡座は珍しい」は可笑しいけれど些か狡い。左龍師匠に「春風亭なのに圓生だね」とからかわれた話や膝を痛めたのは圓朝忌で無駄話をしていた祟りかも？といった話をマクラに本題へ。蟇の油売りの口上には張りがある。酔ってまた商売をしようとする蟇の油売りを居酒屋の亭主が止める演出は初めて聞いた。蟇の油売りは商売を初めてたった二年の初心者ってのも可笑しい。ズブ酔いで「(売ってるのは)蛙の汗だ」も笑った。この蟇の棲める(スメルのイントネーション)のは恐山・桜島・鋸山と間違えて客に忠告されると「こっちだって一生懸命演ってんだ！」と本音半分の科白も可笑しい。蟇の「出してケロ」も下っだらなくて可笑しい。。「蟇は鏡に写る己の下半身を見て恥ずかしくて汗を流す」も珍妙。刀で紙を「お好みの形に切る」と正楽師匠のパロディも入った後、腕を刀で斬ると血がダラダラ流れる。「血が流れるのは生きてる証拠」と言っているうちに「小さい頃の思い出が走馬灯のように」と瀕死の状態に陥り、「家族を呼んでくれ」から「医者はいないか」でオチ。前半は中々本格、後半は爆笑のパワフルな一席。

★左龍師匠

金坊の長～いサイレン声が可笑しい。金「団子買って」親父「駄～目！」のやり取りも親子の顔芸発揮で可笑しい。困った親父が溜め息をつく演出は初耳。親父が舌を出して団子を舐めまくるのも可笑しい。

★さん若さん

焼き餅のマクラから。権助はニンにある。「又、(旦那は)女が出来た」という権助の科白で旦那が浮気者と分かる演出は初めて。旦那は男盛りの雰囲気。比べて、内儀は年増。権助に旦那が言われたという「人間は着物でねえです。心です」は面白い。旦那も権助も歩く時に大きく揺れるのが特徴で如何にも歩いている感じがする。権助の「毎日おまんまでなく、たまには茶漬けがいい」も可笑しな科白。権助が旦那の女の顔形を並べるが「平行四辺形の女」には笑った。魚屋で五十銭と言われて「権助、買い物上手でやすなあ」にも受けた。１５分でどんちゃん騒ぎから網打ちまでやったという仕科も大袈裟で可笑しい。内儀「北海道の魚だよ」権助「生まれはな」のやり取りは素敵に面白い。内儀に突っ込まれると権助が目を見張ったり、目が泳いだりするのも珍妙。鰊が北海道からの途中で孕んで「ニシン三ヶ月」にも笑った。実力は完全に真打である。