言動 おっ!サンテレビ
2014 7/30(水)手術当日
朝、9時前病室を出る
となりのMちゃん親子が不安そうに
「がんばってね、待ってるからね」
うつむき加減で少しはにかみ
「待っててね。。。」
一言だけ
妙に寂し気で不安気で
いつものおちゃらけた
くるみは居なかった
大好きなG先生と手を繋ぎ
「歩いて行こうか~」と
この時の手術、初めて
ストレッチャーも車イスも
使わなかった
く~ちゃん、入院中に使う
子供用の車いすが好きでね
赤いのと青いのがあったけど
絶対、「青いのがい~」って
術後、よく使ったね
くるみのベット足元に
青いちっこい車イス
酸素や点滴持って
検査に行ったな
なぜこのときは
こんな生活が
戻って来なかったんだろう
G先生、ほか循環器の先生
看護師さん
パパ、まま、ばあちゃん
エレベータで2階へ下りて
職員用の通路をゆっくり歩き
近道で手術室へ
「く~ちゃん、いややな~
大丈夫だよ、先生たちついとるで~」
みたいなことを
G先生が話しかけ
それでもくるみは小さくうなずいて
ただ引きずるような重い足取り
いつもいつも
これまでくるみが大きくなってから
4才、5才、8才と
受けてきた手術の頃は
笑顔で手を振って
入って行ってたのに
あれは精一杯の
無理した笑顔だったのかな
こんなことになるなら
抱っこして
ギュッと抱きしめて
なんで歩かせたんだろう
手術室の一枚扉に入り
その時間になると
回診、外来に居た
循環器の医師がみんな
集まりたくさんのひとで
くるみを送り出す
毎回、必ず医師が
みんな来てくれたね
二枚扉の向こうになかなか
行けない。。。
「一度、座ろうか
なっ、く~ちゃん」
医師が言って
「イス、ちょうだい」って
用意してくれた
みんなで静かに
くるみの言動を待ったの
なみだをく~ちゃんもままも
堪えていたよ
「コワイ」って
思いきり
泣ける子なら良かったのに
パパはハグすることが
精一杯でなにも
言ってやれなかった
って、あとで言ってた
ままは最後に思い切り
ハグして
「待ってるよ、ママ居るから
ダイジョウブ...」
やっと立ち上がり
く~ちゃん、看護師さんと
二枚扉の向こうに行っちゃった
一度、小さく振り返り
不安そうな顔を見せた
最後に見せた顔が
いつもの笑顔でなくて
寂しそうな~
この3年
あのとき
「止めます」なんて
言っていたら
何も考えず
そう言ったら
く~ちゃんは
「まま、いいの?」
って、言いつつも
ものすごい笑顔に
なっていたろう
なんて、あり得もしないことを
思うよ
やっぱり
ままは崩れて泣いた
ここから
長い時間、時計との
にらめっこが始まる
この日会えたのは
夜の11時過ぎだった
それもこれまでにない
姿だった
4、5才




今週末、命日法要
当時葬儀やさんに
頂いた弔事用ふくろ
たっくさん、あるな~って
思ったの
これだけ法事をしていくのかと
今日見たら
あと4枚になってた
ときが止まってるようで
止まってないんだなぁ~
言動 明日のために、いま始めよう。
日本ではなぜか、「強く願う」ことが目標実現への必要条件のように言う風潮があります。夢を強く願え、武道館でライブがしたいなら強く毎日願え、結婚したいなら強く思え、といった感じです。
受験ですと、第1志望校のことを強く願え、いってる姿を強くイメージしろ、というわけです。精神世界の方面でもそのような内容の本をよく見かけます。精神世界(スピリチュアル含む)をたしなむ方々は、どうも「上から目線」の傾向があって、僕がこのように言うと「またまたぁ」と一笑に付されてしまうかもしれません。
まあ、僕の見解は事実と自分の経験からの理論的な帰結ですので、至らぬ部分もあるでしょう。話半分に聞いていただいて結構です。
僕は、この風潮には違和感と、視点の欠如による蒙昧さ、理にかなわぬ素朴な疑問、を感じます。これまでの経験でも、「なにがなんでも、○○学校」といっているご家庭ほど、あまりいい結果は出ていない傾向があるものです。
もちろん、目標としての志望校設定は大事です。僕とて、中2から東大を目指しています。ただ、目標設定と、目標実現への努力・方策は少し冷静に、別に考えておいたほうが良いと思います。
このブログでも数度述べていますが、「なにがなんでも○○だ」と思ってしまうことは、いろいろな軋轢の原因となりやすいです。所詮はなるようにしかならないのが、人生ではないでしょうか。ですから、努力したらあとは果報は寝て待てば良いのです。
・目標設定が力みにつながっては損
……なによりも、これを思います。絶対○○、と自分やお子さんに何度も言い聞かせることは、本番の弱さにつながります。
この業界で数年やっていれば誰でも気づくことなのですが、受験とは最後はメンタルなのです。受験する学校はすでに数度の模試を受け、そのうえで、自分の実力に適性、もしくは少し上の学校を受けることになるはずです。ですので、ライバルとなる他の受験生も同じくらいの才能値であり、努力値であることが多いです。
つまり、同じような実力の子たちと、同じテストを受け、合否をわけることになっています。そこでは、やはり「実力をしっかりだせた」子が受かりやすいです。僕は指導の上では、自分の生徒がどうすれば本番で力を出せるようになるかを考えて、言動なども行います。
直前期までは厳しく言った方がいい子もいるし、なるべくなだめすかしながら泳がせていくパターンもあります。それは生徒の性格や状況、家庭環境などから自然にわかるものです。
そのうえで、本番で力むパターンになることが最も避けなければならないことなのです。人間力むと、信じられないようなミスを連発するものです。サピなどではテストでのクラス分けが激しく、そのあたりのこともよくわかります。クラス分けがかかったマンスリーテストなどは、子供にとっては本当に精神的にしんどく、追い込むことにつながります。これが疑似入試のような感じになります。
ですが、小5付近の普段のマンスリーや他塾の組み分けテストなどで力んでおいてもらった方がいろいろと学べますので、あえてプレッシャーをかけることもあります。
「クラスが落ちたらどうするんだ」と言われるかもしれませんが、本当に実力がある子なら、プレッシャーをかけてもクラス落ちはしないものです。また、入試という長期戦を見れば、一度や二度はそのようなプレッシャーをかけてみないと、みえない部分もあります。そんなところまで過保護では、本番は負けます。
・他の可能性を見逃す
……早い段階から、「絶対○○」と決めてしまうと、他のその方にあった選択肢が見えなくなります。
その昔、「絶対早慶」というご家庭がありました。中学受験では早慶の付属校のみを受けたのですが、偏差値はそこそこまでしかあがらず(早慶は)全滅。公立中に進み、某大手塾で3年間準備し、トップクラスをキープしたまま高校受験に臨み、やはりここでも早慶をすべからく受けましたが、そこには受からず、滑り止めの学校に行きました。
その子は、大学受験でもまた早慶か国立に挑戦しようとしましたが、進学した高校は有名大学の付属校であり、受験対策授業はしておらず、僕が止めました。内進でも十分に良い大学だったし、ぶっちゃけ、早慶よりもその子にあっているし、おススメの大学だったからです。(そもそも内進系の高校3年間では、早慶に受かるような学力にはまったく到達しなかった、というのが大きな理由ですが)
そもそもなぜ『早慶』なのでしょう? 僕からすれば、早稲田と慶応は毛色も違いますし、学部もその特徴も違います。「早慶」と一括りにしている段階で、ある意味、学歴主義、ブランド偏重なの
はないかな、と思うのです。上智や明治ではだめですか? 「東大」と言わないところにある種のあざとさも感じます。
中高で早慶付属に行き、内進できれば確かに楽には見えますが、それが果たしてお子さんにとって良い選択肢なのか。他の選択肢はないのか、探したのか検討したのか、今でも疑問が残ります。
普通に、例えば中学受験で中堅でも進学校に進学し、そこで中高6年間勉強したなら、その子は真面目でしたので十分に外部受験で早慶、さらには東大や京大でも可能性はあったかと思います。
そのご家庭では、僕は常に親御さんのよくわからない思い込みと偏見を感じていました。(当時は若かったので何も言えず、でしたがw)
やはり、決めつけてしまうことは他の可能性を考える余裕をなくしてしまいます。もちろん、早慶は目標としては良いのですが、できれば「希望」程度にとどめて起き、状況に合わせて目標も成長させていく、臨機応変に変化させていく余裕も欲しいものです。
・理想からのギャップで病んでしまう
……また、例えば、『絶対開成』となってしまうと、サピでいうところの偏差値55を切ると可能性が限りなくゼロに近づくような印象を受けます。(実際、ゼロに近いです)そのようなサピの内部データもあります。それを見せられた親御さんのショックは「絶対開成」となっていると結構大きく、そこでいきなり無気力になったり、子供に暴言を吐いていることがけっこうあります。ますますお子さんは実力を発揮できなくなっていき、成績も下がっていくことでしょう。
まあ子供がそこそこ頑張っているなら、開成や麻布は無理でも、少しランクを落とした学校に良い学校もいまでは揃っています。かえって御三家よりも手厚くみてくれたり、先生方の情熱が素晴らしい学校も多いです。そのあたりも検討してみてはいかがでしょうか。そちらに目が向かず、視野がせまくなりがちになるので注意です。
僕のようにいろいろな業界、DQN(どきゅん、極度にチャラいの意)から東大まで、等しく付き合っていますと、良い大学に行くだけが人生でないことがよくわかります。大学にいかなくても立派に夢を追い、社会人として大成している方もいるし、チャラくても人にやさしく、仲間想いで楽しそうにやっている人間もいます。
その中で、やはり勉強経験があると、学歴うんぬんではなく、「学ぶ」力がついていることが良いなぁと、想います。何をするにしても、深くしっかりと学べる力をつけておくことこそが、学歴どうこうよりも大切に感じます。
また、やはり厳然として、MARCH以上の大学卒業者とそうでない方々とは、平均の年収にして100から200万円の違いはある、というのが現実でもあります。好きな時に自分の金で何の悪いこともせず、買いたいものを買い、行きたいときにライブや行楽に行くには、やはり大学を出るか、自分にしかできない技術を持っておいた方が良い、ということも付け加えておきたいと思います。
いずれにせよ、努力はせねばならないということです。
強く思いすぎることは叶わない、というのがある意味真理としても言えるのではないでしょうか。『行動(努力、計画遂行)』より『願う』ことに注視している時点で、まっしぐらに頑張っている人間には負けます。
願うだけで叶うなら、そんな楽なことはないです。僕は自分の人生において、努力なしで達成できたことはひとつもありません。
願いをかなえるのは、努力行為に他ならないことも心のどこかに置いておきましょう。
いつも読んでくださってありがとうございます。
夏のスーパーコンサル2017今年も始めました。究極の受験セカンドオピニオンを体験してみませんか。ご希望の方はメールをくださいね。
お問い合わせいただいたメールに返信はできていますでしょうか? 迷惑メールとして処理されてしまって届いていないということがたまにあります。僕はどんな内容でも、1週間の間に必ず返信は行いますので、1週間経ってもこない方はお手数ですがもう一度しっかりタイトルなどもいれて送っていただければと思います。問題集に載っているアドレスの方にだしていただいても構いません。
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教え子の医学部留学生がブログをはじめました。医学部にご興味のある方はどうぞご覧になってください。医学部生のきつさや海外生活なんかの赤裸々なところがわかるかもですよ、むふふ。
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